| 離任レセプションにおける王毅大使の挨拶 |
| 2007/09/22 |
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友人の皆さん、こんばんは。 いよいよ大使の任を終えまして、明日、帰国の途につきます。 振りかえってみますと、まさに丸々三年でした。 この間、絶えず皆さんと中日関係を議論し、アジアの未来を考え、そして、いかにして我々抱えていたこの難局を乗り越えて、いかにして真の未来志向の中日関係を作り、いかにしてアジアおよび世界に貢献できる協力の体制を作るかと、三年をかけて、皆さんと一緒に汗を流してまいりました。今になって、お互いの努力によって、中日関係は再び、正しい方向に向かうようになりました。誠に喜ばしいことであります。両国の国民から支持されておりますし、アジアを含めた国際社会からも歓迎されております。私個人にとりましても、この三年間、本当にたくさんの友人、信頼できる、胸襟を開いて話し合える友人をつくりました。一生の宝であります。本来であれば、一人一人お尋ねをして、感謝の気持ちを込めて、“ありがとう”と言いたっかたんですが、時間の制約もあったりして、この場をお借りて、すべての友人、とりわけ、難しい時、私を理解し、暖かく支援の手をさし伸べてくださった友人の皆さんに、心から感謝を申し上げます。 私の外交官の生涯はいろんな国とかかわってきたんですが、やはり、日本との縁が深いであります。今度も、おかけさまで、35の都道府県を訪ねることができました。できるだけ多くの日本の皆さんと接触して、となりの隣人、毎日変化し、発展し、進歩している中国の実情を皆さんに紹介させていただき、と同時に日本への理解も深め、日本文化の良さも感心され、とりわけ、日本の美しい大自然に溶け込むこともできました。数えてみますと、なんと僕は、20以上の日本の有名な山をのばり続けました。高さから言いますと、まず富士山、二番目は北岳、三番目は奥穂高、四番目は間ノ岳、五番目は槍ケ岳。そして、一番難しいと言われる剱岳も登りました。南アルプス、北アルプス、中アルプス、いずれも縦走させていただいて、八ケ岳にも挑戦しました。山を登っている間に、たびたび出会った登山客の方から、“すみません、王さんですか”と尋ねてくるんです。そのとき、私は“はい、その通りです”とお答えしたら、“あ、嬉しい”“ご苦労様”“体をお大事に”と親切に言葉を返してくれたんです。ほんとうに普通の日本人から、私のことに気を使っていただいて、暖かく励ましてくださったことは、忘れられません。国と国の関係は、やはり人間と人間の関係であります。私は、より多くの日本人と中国人が知り合っていただいて、両国の間に、より多くの友人を作ってはじめて、中日関係は、確かなものになりますし、ますます明るくなると確信しております。 皆さんのご支援、ご支持、ご厚情を心に込めて、明日、北京に戻ります。戻ってからも、中日関係のために頑張って行きます。また、皆さんと再会することを楽しみにしております。皆さんのますますのご発展とご健勝を心から祈念して、私の感謝の言葉といたします。 皆さん、本当に三年間、ありがとうございました。
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