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旧日本軍の慰安所、南京に40カ所 経盛鴻南京師範大教授の調査で判明
2005/08/10

 

 中国侵略日本軍は、かつて南京に慰安所40カ所余りを設け、中国、韓国、日本などの女性を迫害していたことが分かった。

 このほど南京で開かれたホロコーストと南京大虐殺国際セミナーに出席した南京師範大学「侵華日軍南京大虐殺史研究センター」の経盛鴻教授が明らかにしたもの。同教授は日本語文献、新聞・雑誌の資料にあたり、史実を知る人を尋ね、多数の慰安所旧跡を調査するなどして、日本軍が南京に設置した慰安所は40カ所余りであるとの結論を得た。

 同教授によると、1937年12月13日、日本軍は南京攻略後「華中方面軍」司令官の松井石根の指示のもと、南京に慰安所を建設した。日本の軍隊・政府当局の画策と支持のもと、慰安婦制度は南京でまたたく間に確立され、実施に移された。

 南京を攻略した初期に、日本軍は各難民収容所に人を派遣して中国の女性を強制的に「募集」して慰安婦とした。さらに日本軍のために洗濯、炊事、掃除、給仕などをしてほしいと女性たちをだまし、夜になると強制的に各部隊の慰安所に送って慰安婦を務めさせた。

 南京が占領され、情勢が落ち着いてくると、日本軍は現地の売国奴を通じて「募集」、脅迫、騙しといった方法で中国の女性を集めて慰安所を設置し、商業ベースでの経営を行った。南京にかいらい政権がつくられると、今度はかいらい政権にこの仕事のための専門要員を派遣させた。

 日本軍自身も南京で慰安所を開設した。これは主として高級・中級将校のためのもので、軍部は中国に在留する日本の風俗店主にこれを委託した。こうした慰安所は主に市南部の夫子廟から大行宮の一帯に集中していた。この地区は南京の繁華街で、かつ日本当局が決めた日本人居留民が集中する「日本人街」の所在地でもあり、その上日本軍の兵営や多くの軍事機関にも隣接していたため、日本軍当局や日本の風俗店主の経営する「安楽ホテル慰安所」、「松下富貴慰安所」、「青南楼慰安所」などが集中していた。

 経盛鴻教授によると、多数の慰安婦が野獣のような日本軍将兵によって蹂躙(じゅうりん)された。多少なりとも不服従または反抗の様子を見せた女性には、軽い場合で食事を与えず、重い場合は、軍刀で乳房や手足を切り落とし、さらには犬に食いつかせるなどして、他の慰安婦の見せしめとした。

 1945年8月15日に日本が無条件降伏すると、南京当局は10月に日本軍が設置した「慰安所」を閉鎖し、看板をとりはずし、慰安婦となった内外すべての女性を解散させた。これをよって南京に8年間にわたって存在した日本軍慰安所と慰安婦制度は、ようやく完全に歴史のゴミ箱に送り込まれた。

 (南京8月9日発新華社)



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